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HU's Life?! 〜世界を歩こう、自分を生きよう〜

一度きりの人生「自分はなにがしたい?どんな人間になりたい?」。答えは心の中にすべてある。2013年より世界一周無期限の旅へ、ただ前だけを向いて歩いていく。その軌跡をしっかりと残すために・・・。

1月17日 雨上がり、気持ちよくて走ったら走り過ぎた。選択の相互作用。次のさすらいまでという自覚を持てること。

Jan 17。

雨上がりの晴れてくる空、澄んだ空気を吸うのも浴びるのも駆け抜けるのも、全部気持ちが良い。スーッと透きとおる爽快感が喉から身体に入り込んでいく。その冷たさに皮膚や血管、毛根すらが反応しているのがわかる。大好きな時間に出くわしたら、つい駆け足に。全速力で走った。気づけばうんと早い時間に出勤してしまっていた。顔を上げた。ぼくも新しい人生の気分。一緒に闘い、一緒に乗り越えていく。いつも一緒。ぼくが明るく過ごすことが栄養になり、ぼくが充実していることが一筋の光にもなる。背中を押しあいながら、本当はこちら側がスタートするタイミングだ。

現状の自分に納得していない部分がたくさんある。日毎に出てくる。嘆かずにはいられないことだってある。自分で気付くサインにはちゃんと向き合うようにして、とりあえずは歩き続けることにする。人生、色々あるんだもんよ。夜、自分に負けずに筋トレする。うまく時間を作れていない自分が腹立たしい。読書も然り。睡眠時間を少し長くすると気持ちよくなる。翌日もスッキリする。でも量より質を考えないと。限られた時間、でも平等に与えられている時間なんだから。好き嫌いで動く。それもいいと思っている。自分もそうされる、自分もそうする、選択の相互作用という。

今日も報告のメールをもらう。ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ。ぼくがいちばん慌てているのか、情緒不安定に拍車がかかる。ほんの少しのことでイライラしたり、しょげたり。自分でわかっていて抑えられない感情コントロール。周りに迷惑をかけているのなら、それは本当にごめんなさいです。仕事に追われる日々、次のさすらい時間のための充電期間、わかってはいるけれど。そして、そのことをブレることなく保ち続けられるのは、時折やってくる旅仲間からのメッセージだ。ありがとう、あなたたちのおかげで、自分が自分でいられる。そう、ずっとぼくは旅の途中。

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イナリビール。

がんばろ。
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1月16日 いつだって離れられるという、ひとりだという距離感と意思。好奇心の中でこそ、教養は深まっていく。

Jan 16。

自分がやることとやらないこと、やりたいことやりたくないことがはっきりしてくる。人員の都合で久しぶりにキッチンの仕事、やっぱり面白い。スタッフ、新しいメンバーが増えていく。自分の重要度がもっと薄れていくようで、これはこれでいい。いつだって旅立てる、心置きなく離れていける立ち位置でいい。また自覚することができた。自分は誰かと一緒に、誰かの上で、とかそんなことができる器がない。やっぱりひとりなんだ。それは捻くれた言い方でも感謝していないという言い草ではなく個人でという認識。「ひとりでやるひと」という位置付け。これでいきましょう。

過去、今と同じようにどこかの町で長く滞在していた時のブログは何を毎日書き綴っていただろう。頭の中、振り絞って書くことを探す。もっと何かを考えたり、発想が出ていた気もする。最近はメモをとる機会が滅法少なくなっているよう。頭を使うことを拒否反応しているのか、使う時間がないのか、やめてしまっているのか。自分の知識・知恵がどんどん薄れていき、話の説得力がなくなってきているのを感じる。旅のことしか話せないのはまたそれは弱点となる。教養がいる。もっと勉強しないと。難しくなくていい、たくさんを知っているという好奇心を忘れてはいけない。

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大好きフーディー。

より寒くなってきたロンドン。
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1月15日 プロフィール写真を撮ったあの特別な日を振り返って。エジプトへ早めに出かけようか。漂流か遭難か。

Jan 15。

休日ベッドから外を眺めると、なぜか普段よりも空は曇っていて、風がビュービュー強く吹いているように見える。二度寝ならぬ三度寝、そう、いつもの休日の過ごし方だ。髪を剃り、読書をして、ブログを書く。いつもと違うことは、今日はシェアメイトから頂いたカップ麺をすすっていることくらいだろうか。バンクーバーで写真を撮ってもらったカスミさんが、自身のFacebookページに撮影時のことを載せてくれていた。本当に素敵な良い出会いだったと、今でも彼女にすごく感謝している。会話をしていて感心する時間が長い出会い、なかなかない。また、必ず会いに行く。

エジプトのピラミッド、父親に「もしどこか海外に行ってみたいなら?」というゴリ押しの質問をした時に答えてもらった場所。行くタイミングを変えてもいいように思えてきた。見せてあげたい、そのたくさんの風景を。ぼくの父親は、教養が深く賢い知的な人間だ。ぼくが行った場所、出会った人々、経験を伝えるだけでその頭の中には無数のイメージが広がり、まるで自身が旅をしているような感覚に陥ってくれるだろう。父親の感心をもらうことがぼくの使命のひとつだ。ぼくの生き甲斐のひとつだ。もっとはやめに旅に出てもいいかもしれない。時期も期間も縛る必要ない。

眠れない夜は時間の移ろいがゆっくりと感じる。考えごとがいっぱいだ。もう1冊読書をしようかとも思うが、身体と心は逆方面にひた走り、ベッドの上でうなだれてしまう。松本人志と島田紳助が話すYouTubeの音声だけをバックミュージックに、ただただ想いに耽る。結局自分が行き着く場所は未だ定まらぬまま、確実にこの旅が執着するそのどこかの最後の島には近づいている。漂流しているのか、遭難しているのか、それすらも定かではないままに。大海原、東西南北どこを見渡しても何も見えない海のど真ん中にポツン、小さな小さな手漕ぎボートで浮かんでいる。そんなとこ。

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カスミさんのFBにて。

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ありがとうございます。

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カップ麺。

感謝。
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1月14日 数学の公式、道徳の授業、奥地にある秘薬。無量大数という存在すらわからないもの。酒と寿命と。

Jan 14。

正解なんてないのだけれど、数学の公式のようにその導き方があるのであればそれを必死に探したい。順風満帆な人生なんてないのだけれど、しっくりくるペースとリズムを学べる授業があるのであれば喜んで出席したい。不老不死なんてこの世にないのだけれど、その病が治る劇薬がアフリカの奥地にあるのであれば、3分後には出発できる。人生とは苦労の連続だ。だから楽しいのだ。人生とは苦難の連続だ。だからこそ面白いのだ。辛くて悲しくて悔しいことの方が大きく見えるだけで、同じほどの希望や喜び、安心が隣り合わせに座っているのだ。落ち着け、とりあえずゼロだ。

「泣き虫、大袈裟、情緒不安定、笑顔、オーラ、他色々…」こういう表現で判断することが果たしてヒトを見る上で必要なのかどうかわからない。ひとりひとり違って当然で、それを受け取る側もひとりひとり違うわけで。世界80億人になろうとしている人口、きっと兆や京なんて遥かに超越して、それこそ無量大数な意思の交換が存在する。もはやそこまでいけば”存在”すらしていないのかもしれない。ひとは変わる。それは相手が変わっていくのと同時に、自分も移り変わっている。時間がそうさせる。環境がそうさせる。生き方がそうさせる。自分はどうなんだろうと立ち止まる。

酔いがまわる。随分とお酒に弱くなった。というよりもそもそも強くないのに強い自分の虚像をつくっていた。服を脱ぎ捨ててそのままベッドに横になる。すぐに眠りについた。お酒を飲まないと眠りが浅いなんて、どっかのやつれた野郎のように感じる。酒くささが残っているのだろうか。自分では感じていなくても、身体の中は少しずつ年齢を重ねているはず。逆らえない原理がそこでは確実に働いている。そんなものと向き合いながら、死から逆算するという考えを持ちながら、日々の暮らしにエッセンスを加えていく。残り50年くらいか、長いようですぐに終わってしまうよう。

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高級。

暗いのではなく、思慮という。
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1月13日 人生最後の日に引きこもって読書するという美学。現状のこと書いたらひと段落埋まった。帰るための旅。

Jan 13。

引きこもりDay。どこにも行きたくなければ、動くこともない。そんな日に読む本のタイトルが"今日が人生最後の日なら"というアイロニー。お腹だけはいつだって減る。寿司食って、パン食って、チキンライス食って、カレー食べて、味噌汁を飲み込んだ。まだいける?って聞かれたら被せ気味でイエスと答えるだろう。溜まっていたブログを書く。10年続けたら信頼を勝ち取れるのなら容易いことだ。ブログを10年は100%続けるだろう。旅を10年も100%続けるだろう。ただの小旅行を旅と呼ぶひとがたくさんいる。もう旅という言葉をぼくは使わない方がいい。絶対に違うものだ。

休みの日の朝が起きれない。部屋の掃除ができなかった。坊主頭のメンテナンスもできなかった。右目下やや内側の頬にできた大人ニキビが治らない。筋トレだけはサボらずにやった。ロンドンの乾燥に元々弱い敏感肌が木っ端微塵に痛めつけられている。そろそろコンタクトレンズを買い足さないといけない。残っているシャンプーを洗濯に使うようにした。コンディショナーの使い道が未だ見出せない。トイレットペーパーの減りが遅いのか買い溜めしすぎたのか。モノをもらいすぎて部屋が溢れかえってきた。本が重なって置かれているのをみて気持ちよくなる。そんな現状報告。

来週は自分にとってビッグウィークになる。今後の自分の動きがそれによって変わる。大丈夫だっていう言葉、信頼しているしわかってはいることだけれど。この言葉は魔法感が強い。発するヒトのタイミングによって、まったく違ったニュアンスが届けられるから。気持ちだけはあるってのは不安の裏返しだ。そんなこと、血の繋がっているぼくなら当然、遥か彼方からでもわかる。いつだって帰るよ。そのために旅をしている。帰るための旅だ。そう、ぼくには帰る場所があるのだ。そんなに日本を離れてるのに日本がいいの?聞き飽きたよ。そんなことじゃない、家族がいるんだ。

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ビクトリヤが撮ってた。

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パン。

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カレー。

信じてるよ。
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