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HU's Life?! 〜世界を歩こう、自分を生きよう〜

一度きりの人生「自分はなにがしたい?どんな人間になりたい?」。答えは心の中にすべてある。2013年より世界一周無期限の旅へ、ただ前だけを向いて歩いていく。その軌跡をしっかりと残すために・・・。

訪れた国々でいちばん好きな国は?と聞かれたら。

日々の忙しさにかまけて全然できませんでした。反省。誰の役に立つかわからないこのブログ、なんとか勝手に続けていきます。笑



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12月8日 意欲と相反する成果、空回りと悔しさ。ゼーーんぶお見通しなんだってさ。今度の旅にカメラはどうする。

Dec 8。

悶々とした毎日を生きていた日本にいた最後の頃を思い出す。”生きたい”活きたい”というバイタリティーだけは溢れていて、でもそれを表現したりそのパワーを注力して散らすための術を持っていない。空回りが真骨頂みたいなこの性格、時として役立つけれど、ほとんどの場合はなんかダメなところが露呈する。だって人間だもの。それにしても脆すぎるのだが。ひととしてのステージをのぼっていくためには、学ぶべきこと・変えるべき部分があまりに多すぎてどこから手をつけるべきなのかわからなくなっている。悔しいっていう言葉と感覚、人生で何千万回を味わえばいいのだ。

仕事がひと段落した後、同僚の芸術家と話す。彼女はかなり繊細な性格の持ち主で、ひとのオーラやそんな雰囲気なんかが全部カラダに感じてしまってしんどくなると言う。最近のぼくは目がイってるらしい。完全に自分の状態がバレバレだった。ただお互いの立場がよくわからなかったり、考えさせるって意味で放置しているんだとか。見えやすい性格なのか、ただそれが出すぎているのかわからないけれど。彼女がどんな子であるか、最初に見た時から気になっていた。少しだけやけれど、話せてなんとなくわかりかけてきたことが嬉しい。俄然、興味が出てきた。また話をしよう。

旅が似合っているなら、それでいい気がする。旅が好きなら、それがいい気がする。次の旅は写真を撮るのだろうか、カメラを持ってはいくのだろうか。消え去った写真たちのことを思えば、やっっぱり意味がなくて、ぼくが好きなひとは皆、ほとんど写真を撮ることがない。その時を生きているからこそなのかもって、だから素敵なひとたちなのかもって。もしそれを捨てることでぼく自身少しでもいい大人に近づくのであれば、喜んでカメラを手離す。迷い込んだ迷路に転がっているひとつひとつのヒントを手繰り寄せていきたい。それが遠回りでも関係ない。いつも遠回りだから。

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建築デザイン会社が写真撮影。

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邪魔しないように。

明日、おふ。
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12月7日 出会いたい場面で出会うひと、出会いたくない場面で出会うひと。頑張らんでいいらしい。くそったれが。

Dec 7。

仕事場ではなくて、私生活で出会いたかったと思うひとがいる。仕事場だから出会いたくて、それでよかったと思うひとがいる。距離感だったり、性格の本質だったり。出会い方でそのひととの関係が変わることはあり得るのだろうか。もしいつもずっと同じ表現ができる人間力があれば、そんなこと考えることはない。やっぱり相手に委ねたり求めたり、顔色を伺いながら対峙しているのだろう。かなり微妙な性格なんじゃないかな。事務員さん、ホールマネージャー、統括シェフ、それからバイトスタッフ諸々、ひとを見れば見るほど、自分というひとの悪さが丸裸にされる気分だ。

気張らなくていい仕事は、今回が初めてかもしれない。こんなにも腑抜けた時間を過ごしていると、見えるものまでボヤけてしまっている。そしてやっぱり自分はそういう空気がとてもしんどくて。ただ目的のためなら手段に耐える、その忍耐だけはこれまでの人生山ほど培ってきた。いじめられたって、結果が出なかったって、期待されなかったって、どんなにつまらない状況でも耐えることができてきた。だからそんなことはもう苦ではない。そんな人生だったから。見えそうで見えない明日へ、なんとか向かっていくことができる。将来なんて先なんて全く期待していなくても。

そういう周期があるならば、この後のV字回復超右肩上がりの時間が楽しみで仕方がない。それはきっとまた旅の時間。このまま耐え続けるようなことがあれば、どん底から天国まで行けてしまいそうな勢いだ。密かに億万パワーを溜め込んでおく。アフリカに行って民族の長になれそうな勢いを。このまま旅を続けるのかもわからない。続けていいのかもわからない。家族のことを想う余裕さえない今の状況が、良しとされるわけがない。小さな小さな楽しみを必死こいて探して指先でつまんで拾い上げる作業の毎日。愚痴りたいんじゃないねん。ただ、ほんま、アホほど悔しいねん。

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試飲。

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お客様より差し入れ。

ナンダカンダさけんだって。
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12月6日 素敵なひとにコテンパンにシバかれた。世の中すべてが歪んだり透けて見てくる。目的がそれだから。

Dec 6。

まおさんと晩飯に出かけた。素敵なひと。女性として、抜けてたら可愛いと思う部分がちゃんと抜けている。ひとして、デキてるとされる部分がちゃんとデキてる。人との関わりの中でずっと好循環の中にいられるひとは、きっとこういう人格者なのだろう。知り合えて嬉しいと思ってしまう。家族、恋人、友達、同僚、おそらく全てのひとが彼女と出会えて幸せであり、恵まれていると感じる。だって彼女自身が相手にそう接しているのだから。捻くれた意固地ヤローは、彼女と話すたびに劣等感ばかりが押し寄せてきて自己嫌悪になってしまいそうだ。時間作ってくれてありがとう。

最近、結婚した話や彼氏の話なんかを聞きすぎて頭がおかしくなりそうだ。そろそろ出会いたいのだがねー。こんな生活していたら出会いもやってこないねー。大体のひとに「10年後にまだ独り身やったら拾ってくれ」とは伝えているから、どこかしらで救いの手が現れることはあるだろう。いや、ないよねー。でもそらいるわなって、自分じゃないひとやわなって思ってしまう。どこかにいませんか?こんなヤツを相手にしてくれるひとは。いつだってウェルカムなんですけどね。今日はなんかコテンパンにされた気分だ。おっしゃる通りすぎて、ぐうの音も出ない。ちっちゃいなー。

そのまんま表現することってなんであかんくなるんやろうな。生まれたままの姿ではなぜいけなくなるのあろう。言葉が話せるようになるから?自我が芽生えるから?ビジネスだから?お金なんて自分たちが勝手に作った都合のいいもので、そんなものいらない社会にだってできるのにしないだけの話で。獣の皮一枚纏っていただけの時代から数千年も経てば、そんな格好はおかしいとなる。でも同じ人間だろ?時代にあった生き方ってなんやろうな。時代ってなんや。世の中疑いだしたら、全部が虚像に見えてきてしまう。自分の存在すら、透けて見えてしまいそうなほどに。なぞ。

ジェンちゃんと電話をした。たくさん話していると、なんでそこで働くの?と言われた。今の自分が答えられるのは、金でしかないということ。今住んでいる家、仕事場までの距離、それから安定した収入。お金を貯めることを目的としている今の時間ならば、これ以上のチョイスはきっと生まれてはこない。悔しいけどそれが事実で、悔しくないのはぼくはこんな状況をずーっと耐えられる性格だということだ。ひとに嫌われたり、敵になったり、そんなことは慣れてしまっている。歪んだ性格は時に都合がいいようにもなっているようだ。月15万以上貯められたら、そらやめれへん。

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17時やけど20時の気分。

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17時やけど23時と一緒。

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21時やけどそうやわ。

んーんーんーんー!
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12月5日 アイデンティティーを失ってまで生きてく価値なんてない。それしかしてないですけど?打ち消しを楽しむ。

Dec 5。

感情が露わになり、過ぎ去り、消えていく。シェフが去った。ぼくがたくさん助けてもらったから、ぼくがたくさん助けてあげられたらと努力してきたけれど、自分が思い描くシナリオとは全く違うエンディングを迎えた。感受性豊かを超えて情緒不安定と思われたとしても、ぼくは自分が今この一瞬に抱いている感情を隠すことを、これからもずっとずっとしないでいこうと決めている。子どもだの正直だの、周りがどうこうではなくそういう表現の仕方がぼく自身のアイデンティティーとオリジナリティーだから。自分の感情を抑えてまで生きていく世の中なんて、くそくらえだ。

レストランのInstagramに載せている写真、ぼくが運営していることが友達にバレていた。写真の色遣いや構図が、ぼく個人のアカウントの写真と似ているんだって。わかるひとにはそんなことまでわかるんだ。本が読めていない。そんな余裕すらない。朝起きれないのに夜寝れない。コーヒーと腕立てと倒立の繰り返しの毎日、って描き方したらすげーおかしいし、めちゃくちゃ時間持て余しとるやんけってなる。世の中の縮図をなんかシンプルでわかりやすいグラフかなんかで見てみたい。宇宙側から地球を棒グラフとか図にした絵で眺めてみたい。そしたら身長も気にならんかも。

不、非、無、未。こういう打ち消しや逆に向けた言葉たちの時間や状態をいかに楽しめるかっていうのは、すごく重要なのかもしれない。あまりエネルギーの高い言葉たちではないはずだし、前進していく状態にはない。だからこそ、その状況で何ができるか、どんな自分を見いだせるかで肯定の自分に戻った時のスピードが段違いに加速されるかもしれない。我慢ではなく工夫、忍耐ではなく転換。もっと自分のカタチを変えることを楽しまないといけない。そういう考えを持てた時点で、それはできる状態にあるということ。負けてたまるかい、こんな悔しい時間、もういらんわ。

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そんな東京ばなな。

明日オフ。よし。
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