サラリーマン最強説

【サラリーマン最強説】

もしや、サラリーマンって最強のひとたちの集まりじゃないのか。

物心ついた子どもたちには、「サラリーマン」に対してよくこんなイメージを持たれるだろう。

「将来、普通のサラリーマンだけには絶対なりたくない」
「朝早くからギュウギュウの満員電車に揺られて、夜遅くまでサービス残業で働いて、帰りはみんな眠そうに下を向いて疲れ切っている、そんな毎日」
「何十年も同じ仕事をしていてなにが楽しいのかまったくわからない」
「生活のためにする仕事なんていやだ」
・・・。

かく言う自分もそんなふうに思っていたひとりだった。 ぼくもこんなイメージをすげー強く強く思っていた。でもさ、よく考えてみるといろんなことが見えてきたんだ。

まず、就職氷河期や売り手市場、大手企業から中小企業、さまざまな要因があるにせよ、そのサラリーマンのひとたちはその会社の社長や人事のひとたちから「必要」とされて採用されたひとたちなんだ。ぼく自身のことをさらけ出すのであれば、いくつの会社に応募したなんて覚えていないけど、内定をもらったのは前回勤めさせてもらっていた、たったの1社だけ。しかも兼ねてから志望していた業種に全滅して、就職活動の再スタートを切って、ようやく手に入れた社会人への切符だった。それくらい、サラリーマンになることだけでも苦労した。就職浪人も実際に頭をよぎったし、こんなにも内定を取るすなわち「必要」とされることが難しいことなんだと痛感した。

晴れて社会人、「サラリーマン」になってからも、いろんなことが待ちうける。どんな仕事であれ新人時代はコストであり、2年、3年、5年、10年と時間をかけて会社に利益をもたらしていくものだと思う。でもこの間には理不尽な扱いや納得いかないこと、そんな困難がたくさん襲いかかってくる。それでもそこにしがみついて留まり続ける。もちろん解雇されない限り、生活があるからという理由で、嫌々にでもその会社に居続けるのは簡単なことなのかもしれない。実際に自分から辞職するときの決断は相当なものだった。でもそれでも生活を考えて40年も同じ企業で、同じ職種で、同じ業種でみたいなことをぼくは想像できなかった。

話を戻そう。毎日決まった時間のサイクル、年間のおおまかなスケジュールを永遠と続けられる。これって本当にすごいことだ。そしてこのひとたちがいないと、いまの日本経済はなく、またその日本経済は回っていかない。ヨーロッパ諸国では、ほとんどの企業で1ヶ月の休みがあったりするらしい。有給休暇もほぼ消化できる。表面だけ見ても日本人は明らかに働きすぎである。「気が狂うほど働いている」と海外にいるとなおのこと思う。それでも毎日毎日あくせく働く。同じ時間の電車に乗って、同じ階の同じデスクに座って、いつものパソコンに向かってひたすら文字を打ちこむ。飽きるとか飽きないとか、そんな考えじゃない。好き嫌いではなく、ひとつの人生の作業として毎日が一寸の狂いもなく動いていく。そんな働き方ができるってすげーなってと思う。

なんか学生のころバカにしていたサラリーマン、自分も実際にやってみたサラリーマン。いまの自分があるのはサラリーマンの父のおかげ、いまの自分の土台の一部は3年間過ごしたサラリーマン時代のおかげ。このサラリーマンという職業は途方もなく尊いもののように思えてくる。

サラリーマンして、よかった。

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