国家勢力の「闇」。変わることのない本質

【国家勢力の「闇」。変わることのない本質】

海外モノもそうだが、日本国内のドラマや映画でも「政治家の汚職」「企業のトップの汚職」「国家勢力のジレンマ」など日本国の先頭に立つ集団の「闇」の部分を題材にしたものが多い。

これだけ題材として取り上げられるのだから、実際にそれらは存在しているのだろうと容易に想像がつく。そして、自分たちでは考えられないほど、黒い部分がたくさんあるのだろうと。

でもそれを変えることはできないんだろう。ぼくは考える。いや、変えたところで・・・、変える必要があるのか・・・という考え方のほうが近いのかもしれない。なぜか?

一般大衆のぼくたちが、99%国民一丸となってのデモを起こしたり、ひとりの強烈な革命家によって大改革が行われない限り、ほんの少し黒い部分を正当化しても、なにも変わることはないからである。ときどき、ある政治家の裏献金などが発覚して辞職に追い込まれたりする。でもそこにはもっともっと多くのお偉い方々が絡んでいるんだろうし、あとを断つことはできないんだろう。本当の正義っていったいなんなんだろうな。なかには本気で日本を良くしたいと思って必死に奮闘しているひとだっていると思う。彼らがトップに立てばそれなりに変わるのかもしれないが・・・その階段を上っていくタイミングで、彼らもその黒い闇に巻き込まれていくのかもしれない。

そして、ぼくが思う1番のポイントは、その黒い闇の部分があろうとなかろうと、ぼくたち日本人は平和に何不自由なく生活ができているということだ。だからそこが変わろうと変わるまいと無関係そのものなのだ。これは本当におもしろいことだ。だから誰もドラマのようなテロを起こさないし、デモも起こさない。そんなことをしても何も意味がないと考えているか、そもそもそんな考えに至らないか。

それでもそういう映画やドラマをみると「ほんま黒いし、汚いなー」なんて考えてしまう。ぼくたちの頭は都合のいいようにできているんだな。

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