8月31日 いまは新しい出会い・変化に対する準備ができていない自分。

Aug 31。

昨晩、日本人の男の子2人がやってきた。少し前のブログに「どうせ99%韓国語環境なら日本語で話せる友達がほしい」と書いた。でもそれはぼくの思い違いだったのかもしれない。

以前、日本にいた頃に読んだ旅人の小説の一部がフラッシュバックした。うる覚えではあるが、その文章にはこんなことが書かれていた。
「・・・これだけ旅を長く続けてきていると、だんだんと旅先で新しいひとと出会うことが面倒で仕方なくなってくる。毎回話す内容は決まっている。名前は、年齢は、東からきたのか西からきたのか、どれだけの国を回ってきたのか、どこの国がよかったか・・・そんなお決まりのやりとりになんの意味あるんだろう。旅に慣れてしまっている自分、旅に出ていながら変化をきらう自分、刺激を求めない自分にも少し嫌気がさす。・・・」。

今日ぼくもそんなことを感じた。オーストラリアにワーキングホリデーで来ているひとと出会うと、毎回まったく同じ内容の話をすることになる。「名前は、年齢は、出身は、こっちにきてどれくらい経つのか、セカンドビザはとったのか、どこの都市にいったか、これまでのワーホリ・・・」ぼくはこのやりとりがすごく面倒に感じた。誰と会おうが正直どうだっていい。そう思ってしまっている自分がいる。たぶんもう2年近くオーストラリアで過ごしていることが最大の要因だろう。慣れてしまっているのだ。その子たちに興味があるとかないとかではなく、そのやりとりに意味が見出せなくなってしまっているし、新しい出会いの刺激を欲していなくなっている。それが人生を変えるほどの大きな出会いのチャンスかもしれないのに・・・。

そして、ぼくは本心ではやっぱり日本人を欲していなかったということだろう。ここでの韓国人と台湾人に囲まれた生活、午前5時過ぎの起床から午後8時30分の就寝までのルーティンが自分の中であまりにも確立され、またその居心地がよくなっていたので、そこの変化がなにより面倒に思えたのだ。やっぱりこの環境に慣れてしまっているんだろう、たまに話す英語だけでぼくは十分だと思ってしまっている。

当然、日本人とは日本語で話すだろう。話す機会も多くなるだろう。でもいまの自分にその時間は必要ないと思ってしまっているようだ。そっとしておいてほしい。この2年間ぐるぐるとジェットコースターよりも凄まじいスピードの変化とともに生きてきた。いまのぼくは、これ以上の変化を求めていない。充電期間中で、燃料がまだ充填されていないのだ。じっと耐える期間にしたかった。それは先週の新しい韓国人がきたときからそうだったんだろう。

別に彼らがわるいわけじゃない。見るからに、喋るからに、いい子達だ。ただ自分の心がそんなことを叫んでいたということ。なんか思ってたより重い文章になってしまっているのかな?なんかそう感じたこと。正直に書いただけのこと。ネガティブになってるわけじゃない。ただ感じたこと。最近、頭で考えていることをうまく説明できなくなっているな。もっと明確やけど、ここにうまく表現できていないな。情けない。

慣れとは、プラスでもあり、マイナスでもある。
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