1月31日 アフリカより、旅人の訃報。上を向くほど下に引っ張られる自分。見たくなかった心の側面。

Jan 31。

2016年1月の終わり、Facebookでこの訃報を知った。在学期間は重なっていないものの、同じフィリピンの留学学校に通っていた女の子。26歳。ひとり、旅人が亡くなったらしい。事故原因は詳しくわからないが、アフリカはナミビアでの車の事故との記載だけがあった。他人事ではない気がした。ゾクゾクする恐怖心があった。もしかしたら、いつかどこかのタイミングで出会っていたかもしれない。そんなことを考えると余計に残念で仕方がない。日本に無事に帰られたのかな、お悔やみ申し上げます。僕も気をつけんとな。

少し前に鬱っぽくなりかけたと書いた時があったが、最近もやっぱり気持ちの浮き沈みがものすごく激しい。もともと斑気のある性格なのだが、余計に激しくなってきている。外的なストレスを感じにくい環境にいて、よりそれを実感しているってところがすげーダサい。仕事以外でのおもしろくない環境・楽しくない状況に対応できない自分がいる。単なるエゴやわがままが酷くなっているということなのだろうか。自分の中ではそれが要因なわけではなさそうだが、端から見れば、そうとも捉えられる。そして、そう見えるのならそれはただのガキだ。一生少年でありたいと思っているが、ガキにはなりたくない。自分をコントロールすることって本当に難しく、うまくいかないものだ。成長したい・素敵な大人になりたい・魅力的でありたいと強く思えば思うほど、相反する身勝手な自分や嫌いな部分が溢れるほど露呈されてくる。イケてないな。人生ってなんなんやろうな。

もともと大人数が苦手だったりもあって、ひとりが好き・孤独でいい・一匹狼だって自分に言い聞かせて普段を過ごしていた。本当はそんなことはない。ビビリでチキンで臆病で心配性な自分が、ひとりが好きなわけがない。海外に出て、多くの新しい仲間との出会いや相方と過ごした日々もたくさんあるが、それでもひとりの時間ってのはよく感じる。そして、そのひとりの時間に慣れる・その時間に強くなれる、そんなことを少なからず期待して世界の旅を続けるわけだが。まぁそうはならんやろうな。ひとりの時間を感じれば感じるほど、僕は誰かと一緒にいたい人間なんだってことを痛いほど思い知らされる。本当は極度の寂しがり屋なんだろ?って必要以上に囁かれ、反論できない自分と対峙する。伏せていた恥ずかしい自分とどんどん出会っていく。それが僕を強くしてくれるのだろうか。迷路はまだ薄暗く、ゴールの光はまだ見えない。

1月の収支をまとめてみたら、10万円くらいは貯まっただろうか。予定よりはだいぶ下回っているものの、まぁまずまずだろう。このままあと1〜2か月この生活を続ければ、楽しむ選択肢もまた増える。やりきれ、タウランガライフ。持っているTシャツ全部のお腹付近に穴が開いている。虫?

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コフィ。

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