7月2日 ファカパパスキーフィールド、2016シーズンOPENだぜー!!!バスケ人生、振り返ればいつも父親の姿と、心残りな一面が垣間見える。

Jul 2。

タイトル通り、今日ニュージーランド北島のスキーフィールド、Mt.Ruapahu ファカパパスキーフィールドがオープンした。ゆーてまだ全然雪が足りていないので、観光のみでスキー・スノーボードはもう1〜2週間くらいかかるらしいが。スクールホリデーに合わせてオープンするらしい。さすがお金の稼ぎどころ。んで今日はいつもより早い朝7時15分のバスに乗って出勤。仕事内容は、General tidy up。一般客に見えないように荷物を片付けた後は、ひたすらニュージーランドでいちばん標高が高い位置にあるカフェのテラス席の雪・氷かき。完全に数十センチ積もっている雪と氷をショベルとハンマーで一日中除雪作業。こんなことばかりさせてもらえるなら、この冬終われば身体ムキムキになってそう。いちばん身体が小さくてかついちばん年上っていう、肉体的に決して有利に働く条件はないのだが、それでも肉体労働に関しての根性だけは持っていると信じているので、最後までやりきる。なんだかんだ初日からすげーたくさんのひとが訪れていた。チャイニーズ多し。

帰ってきてからはマイケル・ジョーダンのドキュメントを見ていた。最近またNBAの動画にはまりつつある。そして、いつも通り自分のバスケ人生について振り返る。これもいつも通り、もっと最短距離で効率的に上達できる方法を見つけられてたんじゃないかという感覚がやってくる。小学校5年で利き腕の左腕を骨折した時に、右腕のドリブルなんかを死ぬほど練習しておけばもっとドリブルが自由自在だっただろう。この利き手骨折のエピソードは田臥勇太選手も持っている。いろんな環境の違いはあれど、僕も同じチャンスはあったということ。そのチャンスを僕は見つけられていなかったということ。こういう時に、僕が拗ねてもグレてもバスケを辞めたくなっても反抗しても、ボコボコにしてでも僕のことを怒って教えてくれるひとを出会う状況を自分で作るべきだった。僕の性格上、バスケ人生において周りはすごく慎重に扱っていた。それは今でも手に取るようにわかる。

でも父親だけは違った。僕が試合が終わって応援してくださっている父兄や仲間に対しての挨拶を怠っていた時、試合前のウォーミングアップで明らかに集中していなかった時、怒鳴ってくれたのはいつも父親だった。おそらく僕の性格がひねくれていなかったら、もっともっと注意したり、アドバイスをしたいと父親は思っていたに違いない。ただ、僕の性格がそれをさせなかったのだろう。それからその小学生の時、父親は単身赴任で大阪で一緒にずっと暮らしていることはなかったと記憶している。当時は、今よりも父親がすごい遠い存在のように思えていた。今はとてつもなく大好きで、尊敬していて、信頼している。そして、その当時も見守ってくれていたことに本当に感謝している。いつも何かアドバイスを求めたりするのは、友達や仲間や先輩後輩ではなく、まず父親が頭に浮かぶ。もっともっとバスケを上達させて、もっともっと高いレベルで活躍できていたら、もっともっと喜ばせられたのにな。両親を僕のバスケで満たしてあげられなかったことは今でも心残りやな。

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オープン!

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マオリ系のコパとキウイのコナーと。

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超いい天気。

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景色良し。

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夕方のナウルホエ山。

まさかの明日から3連休!
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