自分が誰かを思い出す時、誰かは自分を思い出してはくれるのだろうか。

「あのひとにもう一度会いたいな」「あいつ最近どうしているんかな」「帰ったらまたあの子と直接話したいな」。

こんなことを誰かに対して思い出すことがよくある。ある程度、特定のひとたちに。しかもその人数は僕の中では決して少なくない。魅力的で、圧倒的で、求心力があって・・・そんな素敵なひとたちは、新しい出会いがあるたびに、もちろん削られていくのではなく増えていくばかり。出会い、別れ、結婚、転勤、旅、死、いろんな環境が変わっていく中で、再会というものがひとによっては時間とともに難しくなっていくこともよくわかっている。

それと同時に考える。自分は誰かにそうやって思い出してもらえている存在になれているのだろうか。自分にもう一度会いたいと、誰かふと頭によぎる瞬間をもつことはあるのだろうか。そんな風に思ってもらえる時間を過ごしていたのか。目に見えたり、感じたりできないことで、自分側から欲するものではないわけで・・・。十二分にそんなことは承知の上で、それでも、それでも、それでも自分の存在価値ってどこかに求めたくなったりする。

これはもはやバランスではない。自分が与えてもらえたもの以上に返せているか。それができていなければ、当然そんな再会は存在しえない。まだまだ全然あかんねやろな。ひとを思ふこと。ひとを感じること。ひとに優しくすること。ひとに愛をもつこと。まだまだ全然、あかんねやろな。そういう人間でありたいと、なりたいと、恩返しがしたいと、いつもいつも強く思っているのに。行動が伴っていないってすげーダサいよな。結局クチだけで終わっているってことか。

求めたら負け。求めた時点で自分が弱い。こういうことを考えるのは不安だらけだから。まだまだ弱い自分が出てきては、誰かにすがりつこうとする。いつまで経っても変わらない弱気で子どもみたいな甘えん坊将軍。ぼくが周りのひとにどれだけ助けられ、愛をもらってきたか。学ばせてもらい、勇気づけられ、たくさんのものを与えてもらってきたか。つくづく感謝の気持ちと反省の気持ちと。本当にありがたい人生を送らせてもらっている。瞬間瞬間に還元できる人間にならないと。はやく、できるだけはやく。

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