1月2日 自分時間を作ることで、ようやくバンクーバの地に足がついた感覚。みんなの「あけましておめでとう」新年を迎える重要度。ブロガーとして生きていく道は僕にはあるのか。

Jan 2。

年末12月30日にひとりカフェでゆっくりと、これまでのこと・これからのことを考える時間を作れたことで、自分の頭の中はすっきりと整理され、また毎日の行動が変わってきた気がする。あの時間は今の自分にとって必要条件ではなく絶対条件だったんだと気づかされる。カナダ、バンクーバーに来てから少し自分を見失っていた。ニュージーランドのワーホリでの滞在を終えて、燃え尽き症候群の部類ではない虚無感に襲われ、自分の中で同じレベルの時間を過ごすんだという意気込みと現実のギャップを埋めることができずに、何かフワフワと宙に浮いたような感覚になっていた。ひとによれば「何をそこまで考えることがあるねん」と思われるかもしれないが、毎日の時間をこれでもかと必死に考えて生きている自分にとっては非常に大切なこと。ワーホリっていうのはただの制度とビザの言葉であって、ワーホリだろうと移民だろうと、ここに住んでここで生きていることには変わらない。「いまを生きる」ということで言えば、それがカナダ、バンクーバーの上にいるだけで、日本で生活しているのとどこかアフリカの奥地で生活しているとなんら変わらない。時間だけは必ず過ぎていく世の中で、テキトーに遊んで楽しい時間なんて僕にはない。

今年はクリスマスはもちろんカウントダウンももともと何もするつもりはなかったし、年末年始に特別な感情は何もないと思っていた。でもいざ近づき当日を迎えると、やっぱり0時まで起きていたいとかどうせなら花火も見たいとか、あーおせち料理とお雑煮食いて〜とか正月番組見たいとか・・・そういう感情が大きく沸き起こってきた。海外の友達もそうだけれど、日本の多くの友達や仲間が「あけましておめでとう」というFacebookだったりLINEだったりで発信している。普段SNSで見ない名前が出てきたりする。そういうものを見ていると、改めて僕たちにとって”年が変わること”がいかに節目として重要な役割をしているかを実感させられる。別に”今年はこうする”って思わなくてもいい、年の途中いつだって何かを始めていいわけだし、何かを断ち切ることを始めたっていいわけで。でもそれでも年始の決心は比べ物にならないくらい屈強なものだったりする。僕もたまに自分自身のことを見返し、目標や計画の立て直しを測る。でもやっぱり年始の気持ちの改めようは全然違う。今回はブログでいくつか自分のことをまとめて細分化して書き記した。事あるごとに確かめながら1年通して納得のいく毎日を過ごせるように、指針に基づいて行動できるように、自分に厳しくありたい。ときどきのアメとともに。

その12月30日に頭の中に溢れ出てきたアイデアや言葉たちをまだ整理できていない。あまりにもメモの量が多すぎる。ブロガーとして生きているわけではないが、ブログを書くことが好きでたまらない自分にとっては、書くことがたくさんあるというのは楽しみで仕方がないことである。誰が読んでくれているのか、誰か呼んでくれるのか、それ以前にまず書きたいという衝動にかられる。いかに売れない作家感覚かって感じなのか、これが。今日は50km/sの突風の中でイレギュラーな仕事になった。少々お疲れか、晩飯が美味い。そう言えば従姉妹のキッズたちに本当はお年玉をあげないといけないのに、すげー申し訳ないな。おじさん、サボりっぱなしや。

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49th Parallel Coffee。

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Old Fashioned 激ウマ。

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この女の人、かっこいい。

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撮られてた。

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