3月27日 バンクーバーで思う。自分は空気か、空気以上に存在しないものなのかもしれない。

Mar 27。

自殺するわけないんやけど、あまりにも自分が情けなくなって、電車を待っているホームでふと考えていた。「今もし、ここで飛び込んだとしても、バンクーバーで本気で泣いてくれるひとなんていないんだな」って。ジュンヤさんと話していた時に共有したことが痛いほど身に染みる。やっぱり生きていくうえで、誰かに愛される、そこに愛情があるというのがいかに大切か。

両親とは愛情で繋がっていることが手に取るようにわかる。日本にいる大切な友達やジュンヤさんのような同志との間にも、やっぱり友情の中に愛情が溶け込んでいるのがわかる。自分から踏み込むのは怖くてできない。だからなのか、誰も僕に踏み込んではこない。僕の対人関係の意識がそのままモロに露呈する。バンクーバーという世界の中で、僕は空気だ。道行くひととすれ違ってすらいなくて、通り抜けてしまうような感覚さえある。

愛に飢えている。誰かと愛情で繋がれたいし、愛情をもってお互いに接したい。恋愛がしたいんじゃない。男だろうが女性であろうが、国籍がどこだっていい。心で繋がれる誰かがひとりもいないことが、苦しくて仕方ない。あー、もっと気楽に生きられたらどれだけ楽なのかな。好きという感情は、とてつもなく大きい。わかってはいたけれど、やはりジュンヤさんとの時間が去って、急激かつかなり深くまで沈む時がいまなんやな。

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ムシャクシャして、破ってしまった。でもこの写真まあまあ好き。

やはり落ちますねー。
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