8月14日 わからない、知らないで終わらせるほど空虚なことはない。確かな理由と確かな動機。

Aug 14。

僕が苦手なこと。「わからない」「知らない」をそのまま放置すること。「あー、この曲聞いたことあるけどタイトルなんだっけな?」「ほら、あそこよかったやん。えーっと・・・名前なんやっけ?」身近なところで言えばこんなところ。「なんで彼女と結婚することに決めたの?」「どうして旅を続けるの?」「なんで日本が嫌いなん?」もうちょっと踏み込んでみればこんなところ。

そのままにしておくことが嫌だったり、いちいち理由が欲しかったり、というよりもそんなこと以前に、理由がないことなんてこの世にない。それに、そこで「知らない」「わからない」「覚えていない」で放置するということは、頭を使わない、思考回路停止、それ以上の成長も、もっと言えば維持さえもできてない。3歳の男の子に「なんでパパが好きなの?」と聞けば「かっこいいから」とちゃんと理由が返ってくる。幼稚園児の女の子に「どうしてお花屋さんになりたいの?」と聞けば「可愛いから」と理由が返ってくるだろう。

でもいつのまにか、考えることが面倒になったり、そこから潜在的に逃げたくなって、ひとは考えることをやめる。「なんで彼のことが好きなの?」と聞かれて「わからない」で終わればそれはもう好きではない。でもそのあとに「でもだからこそなにか特別感がある」と付け加えれば、それは立派な理由でとってもスペシャルになる。「わからない」「しらない」で終われば会話も夢も人生もそこで終わり。それ以上広がっていくことはない。

理由づけがしたい、動機付けがしたい、納得して動きたい、そうではなくて。絶対に理由があって、動機があって、納得できる意義があるのだ。「なんで日本に帰らないの?」「なんで旅を続けるの?」「なんでその人のことが好きなの?」「なんで?」「なんで?」いつだって理由を持っていて、いつだって答えてやる。

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いつも誰かが弾いてるピアノ。

また頭使うようになってきた。
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