カナダワーホリ総括(だらだら録)

カナダワーホリ総括(だらだら録)

この言い方がとてもしっくりこない。「ワーホリする」「ワーホリ中」ってなんなのだろうか?と、日に日にそのハテナは膨らんでいく一方だった。カナダでは、スキーリゾートで最初の6ヶ月働かせてもらった。半数の同僚はローカルの子たち。その子らはワーホリしているわけではない。そこで今までもこれからも生活していくのだ。やっていることは変わらない、仕事内容、勤務時間、遊び方、休日・・・ワーホリはただのビザの名前である。ワーホリビザを使ってカナダで生活をしている。これが真実。ぼくはカナダでワーホリビザを使って1年間生活していた。このニュアンス、わかる人にだけわかってもらえればいい。日本の社会人時代に比べれば時間に融通は効くのかもしれない。でも、生活をする、その土地で生きているという意味ではなんら変わりはない。それは間違いない。そして、やっぱり言葉の壁がある中で生きていくというのは、其れ相応のチカラは必要だとは思うんだが。

後半の6ヶ月で、ローカルに根付いたカフェでバリスタとして働かせてもらえた。正確には、バリスタ兼いろいろ。日本にいた頃からカフェ+読書にハマり、オーストラリアでエスプレッソの味を知った。ただ味を知っただけではあるが興味が湧き、一度は経験したい職種に、今回幸運にも就くことができた。エスプレッソは奥が深い。半年なんかではなんにもわからなかった。そして、ぼく自身には半年以上続けられるほどではないと思った。これはスキーリゾートもそう。最長半年でお腹いっぱいになってしまう。これは性格上の問題。たくさんのことに興味を持ち、触れてみたい。でも奥深くまで探求しようとはよっぽどのことでないとならない。このふたつはどちらもそうだった。スキューバダイビングもそうだったかな。もっと探求したくなる一歩手前の壁を越えようとしない。越えることに興味はあるのだろうか。

どちらの職場もたくさんの優しいひとに恵まれた。ありがたい環境だった。バンクーバーではたくさんのひとに会う機会を持った。そうこうしている中で、ぼくの性格が邪魔をする部分がたくさんあることもまじまじと実感する。自分からひとに近寄ることは苦手。それであれば、どうやってもっともっと自分がひとに魅せられる存在であるか、魅力を感じてもらえるポイントをたくさん身につけるか。そんなことを考えていくしか方法は残されていない。人と話せるようになった。でも距離感という意味での”人見知り”はまだ何も、何も改善されていない。ここは反省点。それから人に興味を持つというのはとても難しい。なかなか驚嘆したりすることも少なくなっている。自分の感受性が鈍くなっているのか。もともとそうだったのかもしれないが。もっと知りたい、もっと見てみたい、と思えない時は、相手もそうではないということ。自分の方向性を考える機会でもあるのか。それとも・・・。

カナダワーホリの総括として書き進めようと思ったが、ただの今の想いになっている。まぁいい。なんか振り返ることは必要ではないと考えるようになっている。振り返ったって何も残っていない。その意味はこうだ。ここまでの軌跡で身につけてきたものを振り返るために散りばめて置いておくのではなくて、全部背負って前に歩いていくことの方が楽しいんだと。フィリピンも、オーストラリアも、ニュージーランドも、今考えると振り返ってしまった。今はこの感覚かな、”振り返ってしまった”って。ぼくは良い意味でもっともっとこの部分に関しては冷淡でいたい。今という時間の大切さにもっともっとねちっこく暑苦しくしがみついて、過ぎ行く過去を流していきたい。結局そうしたところで、途中経過で自然に振り返ることができるから。それでも忘れらないひとは、いくらでもいるのだから。そうやって削って削っていくことで、見えてくる景色が誠なんじゃないのかな。無の境地。やっぱりそこに少しでも近いづいて生きたい。

↓クリックで”いいね!!”
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


ワーキングホリデー ブログランキングへ
スポンサーサイト

スポンサーリンク

Comments 0

Leave a reply