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3月1日 生と死の狭間も生きる。善と悪の狭間を生きる。愛と憎の狭間を生きる。どれだけ生きたら、人間になるのか。

Mar 1。

いろんなことが巻き起こりすぎている。感情の整理がつかぬまま、体力と気力を消耗し続け、時間だけが過ぎていく。いつまで持ち堪えられるだろうか。砕け散ってしまうことなく、整理をつけることができるのだろうか。いま、この時間、いま、人生におけるどんなことを教えられているか。こんなスピードの中で、ひととしての感情の海を泳いだことがない。こんな振れ幅の中で、メトロノームの針は振り切れずに動き続けられるのだろうか。正解も不正解もなく、生きるってこと。ただ生きるという決断をしているということ。強いも弱いも悲しいも楽しいも、そこには何もない。

自分は強くなった。そして弱くもなった。自分ができることなんてなくて、もうそんなことを考えることすらしなくなった。そこにいる、ただそこにいることしかできない。それが事実で、それ以上もそれ以下もない。共に生きるって、そういうことなんだ。相手を想うとかそんなことに義務も権利もなくて、ただそうするという事実がそこにあるだけだ。はかない。でもこれが人生であり、現実だ。いろんなことが巻き起こりすぎている。頭は単に反応しているだけで、もしかしたらぼくの毛細血管まではそれらを通してはいないかもしれない。いろんなことが巻き起こりすぎている。

それでも腹は減るし、眠たくもなる。いつも以上に寝ても寝ても、きっと思考の整理が追いつかずにへばってまた眠たくなる。食べものが喉を通りにくくなっている。すぐにお腹が膨れる。違うものがどんどん流入して、なにが価値で無価値か、そんなことさえ考えられなくなっているのかもしれない。この中で生きていくという選択肢をとったのは、自分だ。生きて、生きて、生き抜いてやるとしか、今の自分はできない。それ以上もそれ以下もない。ただそれだけのこと。また迷うな、これはきっと。ひととの対峙の仕方も変わる。自分という人間が、きっとまた、変わって、いく。

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お前はなにを見ていた?

もう、わからんわ。
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